スポンサーリンク
「いじめ」はどうしてなくならないのか?その理由と私たちができること | 40代これからの生き方

「いじめ」はどうしてなくならないのか?その理由と私たちができること

スポンサーリンク

ブログ

学校、会社、家庭内、そして、SNSなどのオンライン上など、さまざまなところに「いじめ」は存在しています。

そして、大変残念なことに、「いじめを苦に…」と、定期的に「いじめ」にまつわる悲しいニュースが流れてきます。
そんな報道を見て、恐らく、多くの人は「ひどい」とか「可哀想」という気持ちを抱くのではないでしょうか。なかには、「許せない」「加害者はきちんと裁かれるべきだ」と、もっと強い感情に至る人や、「何かできなかったのか」と嘆いたり、「またか…」とため息をつかれる人もいるでしょう。

それでも、なくならない原因を、私は「いじめ」という言葉の問題ではないかと考えています。

「いじめ」とは…

そもそも「いじめ」とは、どういうことなのか?ウィキペディアには以下のように記載されています。

いじめは、自尊心を損なわせ弱体化させることを目的とした、執念深い、冷酷な、あるいは悪意のある企てによる、長期に亘って繰り返される不快な行為である。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「いじめ」より

こうして見ると、非道な行為であるということを改めて感じられますが、いささか抽象的でもありますし、この要件に当てはまらないケースもありますよね。

日本における「いじめ」の起源は、聖徳太子の時代まで遡るようです。この当時は、和を乱すものを正すとか従わせるということを目的として制裁が加えられていました。
この感覚での「いじめ」は今も変わらず残っていると感じますし、その目的はさらに多様化しています。時代とともに広く変化していった「いじめ」という言葉は、人によっては便利な言葉として使い勝手が良いために多用され、問題の本質から遠ざかっているような気がします。

なぜ「いじめ」はなくならないのか?

「いじめ」の概念を考えてみても、多くの人が良くないことと認識しているどころか、嫌悪感すら抱きそうなものですが、それにもかかわらず、これほどなくならないのはどうしてなのでしょうか?

自覚がない

よく言われているのは、いじめる側がその行為を「いじめ」であると自覚していない場合があるということです。

加害者が親や上司、先輩である場合、教育やしつけの一環として、むしろ〝よかれと思って〟やってしまっていることが多いので厄介です。
子どもの場合には、ふざけていることの延長として、軽い気持ちでやってしまっていることが多いでしょう。
例えば、「いじめを行ったことがありますか?」と聞くと「いいえ」と答える人が多いかと思いますが、「無視する、仲間はずれにする、影口を言う、ということを行ったことがありますか?」と聞かれると、思い当たる節がある人は増えるのではないでしょうか。
こうして具体的な行為に分解してみて、初めてその行為が「いじめ」であったと気が付けるということは、やはり「いじめ」という言葉が、抽象的であるが故に、認識のズレが生じているのだと言うことができます。

集団心理

集団心理とは、群集心理とも呼ばれますが、集団(群衆)になることで、通常とは異なる心理状態になり、気が大きくなったり、みんながやるからと罪の意識が薄れたりすることで、普段であれば行わないような行動を起こしてしまいやすくなります
学校なんかは、長期間を集団で過ごす場ですから、特にこの集団心理が働きやすい環境なんですよね。

この集団心理から抜け出すのは、至難の業です。最も効果的な方法は、集団から物理的に距離を置くということですが、それを行うと孤立してしまい、「いじめ」の加害者にはならないけれど、被害者になってしまいそうです。
それならば、心理的に距離を置いてはどうでしょうか。
集団のなかで流されそうなときには、流れのままに行動するのではなく、立ち止まって、客観的な視点で見てみるということを意識してみましょう。

自己肯定感との関係

もうひとつ、自己肯定感との関係についてお伝えいたします。
自己肯定感が低い人の特徴としては、ものごとをネガティブに捉えやすいということがあり、内にこもりやすいようなイメージがあるかもしれません。
ですが、ときに、それを補おうと他者との関係において優位性を保つべく攻撃的な側面を見せることがあります。そして、これが「いじめ」に繋がるケースもあるの言われています。
自分が優れた存在になるよりも、他者をおとしめて、相対的に優位になる方が楽ですからね。

「いじめ」をなくすために一人ひとりができること

このように、「いじめ」が発生する裏には、さまざまな要因があり、すべてを排除することは難しそうです。
だからこそ、長い間なくならない訳なのですが、「仕方がない」とか「せめて自分は関わらないようしよう」などと思ってはいけません。

傍観者(「いじめ」に直接的に加担してはいないが、見て見ぬ振りをした人)は加害者か否か、という議論がよく行われますが、それは、暗に容認し、いじめを行いやすい環境を作ることに加担している行為であると私は考えています。
とは言え、前述のとおり、集団心理から抜け出し、行動を起こすことは簡単ではありませんので、一概に非難することもできません。
ただ伝えたいのは、その場で加害者に立ち向かえなくても、誰かに相談して欲しいということです。

これは、2ちゃんねる創設者のひろゆき氏がおっしゃっていたことですが、親や教師、警察などに相談しても改善されない場合には、SNSやYouTubeにアップしたり、発信手段を持っていない場合には、マスコミに売るというのもアリですね。
もちろん、個人情報や二次被害などには十分に注意しなければいけませんが、被害者はもとより傍観者も一人で立ち向かうのは困難ですから、さまざまな方法で味方を増やしていってもらいたいと思います。

また、「いじめ」という言葉ですべてを一括りにしてしまわないで、具体的な行為として切り分けていくことも必要ではないでしょうか。
「いじめ」と表現される行為のなかには、暴行、傷害、恐喝、強要など明らかに犯罪行為であるものが含まれていることがあります。言うまでもなく、これらは明確に犯罪として取り扱われるべきです。
よく報道番組のコメンテーターの方などが、「これはもういじめではなくて犯罪」というようなことを発言されているのを見聞きしますが、では「いじめ」とは何なのでしょうか。
単なる言葉の問題かもしれませんが、まずそんなところから見直すことも必要ではないかと思います。

まとめ

「いじめ」とは…

「自尊心を損なわせ弱体化させることを目的とした、執念深い、冷酷な、あるいは悪意のある企てによる、長期に亘って繰り返される不快な行為」(Wikipediaより)

■なぜ「いじめ」はなくならないのか?

  • 自覚がない(しにくいという言葉の問題もあり)
  • 集団心理が働きやすい
  • 自己肯定感との関係

「いじめ」をなくすために一人ひとりができること

被害者も傍観者も必ず誰かに相談しましょう。相談しても埒があかな行ければ、自ら発信するかリークして、まずは事実を認識させましょう。
決して無理をする必要はありませんが、いろいろな手段があるということを知っておいてください。
黙って耐えるのでも、見て見ぬ振りをするのでもなく、できる範囲でできることを。

私は、自分のできることとして、大変微力ながらこのように対処方法を伝えていくことを続けていきたいと思います。
最後に文部科学省の子供(こども)のSOSの相談窓口(そうだんまどぐち)をご紹介しておきます。

0120-0-78310(なやみ言おう)
※24時間通話料無料です

また、大人の方にも利用できる窓口がありますので、下記のリンクをご参照ください。
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/06112210.htm

コメント

スポンサーリンク

タイトルとURLをコピーしました